土岐氏調査・研究ノート

R 土岐氏の文化について Cの2 土岐の鷹
      「土岐俊量公鷹之絵」

           土岐会 土岐 育久夫氏 寄稿  

 以前、岡山県倉敷市の由加山連台寺に、
「土岐俊量公鷹之絵」と書かれた箱のみが見つかって中の絵は不明でした。

 岡山県後楽園築庭三百年を記念した展示会の為、蔵の整理をしていたところ、
鷹の絵が見つかりました、との事で早速岡山へ出向いて見せてもらいましたところ、
まさしく、「土岐の鷹図」と思われます掛軸が二幅ありました。

 是非、皆様のご教授をと思い、土岐会に写真をお持ちしたところ、
会長より岐阜市歴史博物館の白木先生のご意見をとのアドバイスを頂き、白木先生より、お手紙を頂きました。
 白木先生のお許しをいただきましたので、その一部をご紹介させていただきます。

 
(前文略)
 この鷹の絵は、なかなか気迫のこもった良い絵だと思います。
土岐氏では富景、洞文、頼芸、頼高等が知られており、落款のある作品も残っていますが、
室町時代末期から江戸時代にかけての鷹の図は武士に好まれて盛んに描かれており、
土岐氏以外でも曽我派や越前の橋本長兵衛(初代から二代にかけて)が有名です。

 かつて岐阜市で「土岐の鷹」の調査を行ったところ、この周辺だけで百点以上の作品が見つかりました。
そのほとんどが落款が無く筆者不明のもので、時代も室町から江戸末期まで、
形式も掛け軸から屏風までいろいろありました。いずれも「土岐の鷹」という振れこみでしたが、
鷹の図というだけではなかなか判らないのが現状です。写真の絵は、二幅対の様ですが、
ひょっとすると屏風をはがしたものの可能性もあるかと思います。

作者は箱書きを信じると土岐公となりますが、俊量なる人物が不明であり、
絵そのものからは何とも判断つきがたいものです。

 但し、岐阜市内の護国之寺所蔵の鷹図屏風に近いものがあるように思いました。

 土岐氏の鷹図と曽我派、橋本派は筆法的に影響関係があると考えられており、
それらの派の人物かその周辺のものではないかと考えられますが、断定はできません。

 図様的にもなかなか古様を示しており、
江戸時代後半などの装飾的な作品とは違って気品あるものだと思います。
この写真だけからは何とも言えないのが残念ですが、
いずれにせよ鷹図としては優れたものだと思いますので、大事に保管されます様お願いします。


 以上のようなお手紙でしたが、調査した作品のほとんどは江戸時代のものであった中、
護国之寺の鷹図は古い絵であり、お寺の伝承も「土岐の鷹」といわれ、それに大変似ていると思いますので、
岡山の土岐氏との関連を裏付ける何かを解明するてがかりになればと思います。




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