美濃源氏フォーラムのHP
 ようこそ
 土岐孫二郎
                    です


美濃源氏フォーラム行事予定
■2017年
10/08(日) 岐阜西濃 武家文化歴史回廊講座
10/07(土) 本部東濃 美濃源氏土岐氏研究講座
09/19(火)-20(水) 武家茶道 式正織部流桔梗会
09/17(日) ★土岐英史ざ・無礼講ジャズライブ★
09/16(土) 中世山城散策会(恵那市岩村城)
09/04(日) 名古屋研究部会 織田信長講座
08/06(日) 岐阜西濃 武家文化歴史回廊講座
08/05(土) 本部東濃 美濃源氏土岐氏研究講座
07/23(日) 深沢亮子 ザ・ピアノコンサート
07/22(土) 深沢亮子 公開Super Lesson




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ZEROJAPAN


清和天皇
平安時代前期の第56代天皇
嘉祥3年3月25日(850年5月10日) 〜 元慶4年12月4日(881年1月7日)
在位は天安2年11月7日(858年12月15日) 〜貞観18年11月29日(876年12月18日)。
後世、武門の棟梁となる清和源氏の始祖。

清和源氏とは第56代清和天皇を祖とする皇胤が源(みなもと)姓を賜り成立した。   
源 頼朝以来、武家政権の主催者の血族として栄えてきた一族。

 もっとも栄えたのは第六皇子 貞純親王(さだずみしんのう)の子、
六孫王 源 経基(みなもとの つねもと)の子孫の系統。

中級貴族であった経基の子、源 満仲(みなもと の みつなか・多田満仲)が、
藤原北家による摂関政治の確立に協力して、武門の地位を築き、
摂津国川辺郡多田(兵庫県川西市多田)の地に武士団を形成する。

源 満仲の子である源 頼光 ( よりみつ)、源 頼親 (よりちか)、源 頼信(よりのぶ)らも、
父と同様に藤原家に仕え勢力を拡大し、
後に主流となった頼信の嫡流が東国の武士団を支配下に置いて地位を固め、
源 頼朝の代に鎌倉幕府を開き武家政権を確立した。

美濃源氏とは、中世に美濃国に土着し本拠とした源氏の流れを汲む一族の呼称。

清和源氏頼光流土岐氏族。
最も著名な一族であり、平安時代末期から鎌倉時代初頭の頃、
摂津源氏の流れを汲む土岐光衡(とき みつひら)が、
美濃国土岐郡(岐阜県南東部)に住んだことに始まる。

鎌倉時代に御家人として勢力を持ち、南北朝時代には北朝方として
室町幕府の創設に貢献したことから美濃の守護大名となる。

以降、美濃一円に支流氏族(明智氏、原氏、肥田氏など)が広がったが、
戦国時代後期に家臣であった斎藤道三により土岐宗家は没落した。 
 
清和源氏頼光流多田氏族。
平安時代後期に源 頼光の曾孫 源 国直( くになお・山県三郎、美濃三郎)が、
美濃国山県郡(現、山県市)に住んだことに始まり、
子孫は山県氏族として美濃に勢力を持った。
 
清和源氏満政流。
平安時代中期に源 満仲の次弟である源 満政( みつまさ・八島大夫満政)が、
美濃国方県郡八島(現、岐阜市の一部)に住んだことに始まり、
子孫は八島氏族として美濃に勢力を持った。



源義家・義綱と争った源 国房・光国
保元・平治・治承・寿永の乱を戦った源 光保・光長・光衡
足利一族を支えた土岐 頼遠・頼康・成頼
  又、金森氏、浅野氏、明智氏、石谷氏、多治見氏
など
       著名な人物も美濃源氏
なのです。


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